カップ
株式会社マルキン海産
何億年ものあいだ数知れない命を育んできた海。
もちろん人も海によって誕生し、生命を育んできました。
私達の血液ひとつとっても塩分が含まれ、人間がいかに大洋との関係が深いか分かります。
古来より食物の源泉として、絶えず生命の息吹を送り続けている〔母なる海〕
マルキン海産は、そんな海の深い優しさを大切に考え、海の幸を皆様の食卓にお届け致します。
代表取締役社長 金城裕治
株式会社マルキン海産のホームページ、そして社長挨拶をお読み頂き誠にありがとうございます。
昭和36年創業の沖縄県を中心にモズク製品及び紅いも、田芋、シークワーサー等、沖縄の特産物の加工品や原料の供給を主に取り扱っている会社です。主な得意先として沖縄の全ての量販店様(モズクをはじめ水産関係の食品を納める)、学校給食センターや老人福祉施設、保育園等に食材全般を供給しています。
経営理念として「一生を託すのにふさわしいやり甲斐のある会社をめざす」や得意先及び従業員満足を最優先事項に、人や関係する得意先が何を求め、喜ぶかを常に考えて、これからも品質第一の商品創り、質の高いサービスを追求し続けたいと思います。
モズキッズ誕生秘話
弊社の主力商品である味付けもずくの「モズキッズ」は2001年に販売を開始しました。
当初は、県外大手スーパーの九州・沖縄向けPB商品製造のために多額の設備投資をしましたが、費用対効果が得られずにとても苦戦し、わずか1年で止めました。
やはり、もずくは沖縄好みの味付けを研究して県内で販売するしかないと思い、オリジナルの商品、モズキッズを開発し販売を開始したが、それも当初は売れ行きが芳しくなかった。
思い悩んでいた時、広告代理店に勤めていた従兄弟からテレビCMで宣伝してはどうかと持ちかけられ、多額の設備投資の上に宣伝費をかけてもいいものか迷いもあったが、もずくの味には自信があったので、イチかバチか最後の賭けのつもりで3カ月間テレビCMを出した。
CM放送後は、商品の知名度が上がるとともに売上もうなぎ上りで、今では学校給食に採用されるなど、大人気商品となっている。
オートバイ1台での行商から始まった歴史
創業者である現会長が当時勤めていた調味料販売会社の倒産を機に独立。調味料をはじめ、かつお節や煮干し、アジの粉末などをオートバイの荷台にくくりつけ、屋我地や源河などやんばる方面へ行商したのが株式会社マルキン海産の始まり。
商売は徐々に軌道に乗り、オートバイからミニジェットの三輪車、軽トラックへと代わり、販売するものも乾物を中心とした海産物に。そして昭和36年、那覇市農連市場内に金城海産物店を設立。
その頃は沖縄県内各地にスーパーが出来始めた頃で、そこへ海産物を販売することで業績は伸び、昭和53年に有限会社マルキン海産に商号を変更。さらに昭和58年には株式会社へと商号変更。
扱う商品も時代とともに増え、問屋としてもずくも県外へ出荷。
平成3年に沖縄県卸商業団地内に本社を移転。
平成10年に本社敷地内にもずく加工場と貯蔵タンクが完成。
そして平成13年、味付けカップもずく「モズキッズ」を販売し大ヒットとなる。
会社概要
会社名称 | 株式会社マルキン海産 |
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本社所在地 | 沖縄県浦添市西洲2丁目10番地4号 Google Mapで見る |
会社設立 | 昭和36年10月1日 |
本社所在地 | 沖縄県浦添市西洲2丁目10番地4号 |
資本金 | 2,500万円 |
決算期 | 年一回3月末日 |
取引銀行 | 琉球銀行 商業団地支店 沖縄銀行 商業団地支店 |
従業員数 | 55名 |
主要取引先 | 量販店、学校給食、老健施設、保育園、その他 |
役員 | 代表取締役会長:金城 久森 代表取締役社長:金城 裕治 専務取締役:粟国 輝男 取締役:金城 京子 監査役:渡名喜 庸孝 |
沿革
1961 昭和36年10月:那覇市農連市場内に金城海産物店設立 |
1978 昭和53年2月:有限会社マルキン海産に商号変更 |
1983 昭和58年12月:株式会社マルキン海産に商号変更 |
1984 昭和59年4月:中央卸売市場支店を開設。 |
1991 平成3年4月:沖縄県卸商業団地協同組合に本社を移転 |
1998 平成10年2月:本社敷地内にモズク加工場及びタンク完成 |
2001 平成13年:本味付けカップもずく「モズキッズ」を販売、現在に至る。 |
組織図